『火の鳥 望郷編』がアニメ化・映画化され、手塚治虫ファンの間に震撼が走っています。
『火の鳥』と言えば、手塚治虫先生が生涯描き続けた不朽の名作。
12編に及ぶ話は主人公も時系列もばらばらに描かれておりますが、互いに干渉しあい一つの物語として繋がっている、複雑な構成をしています。
しかし、一遍一遍別々に見ても、それぞれが前衛的で完成度が高い物語となっているため、そのうちのいくつかは単独で映像化されても来ました。
そんな中、今まで手付かずだった『火の鳥 望郷編』がDisney+で『火の鳥 望郷編 エデンの宙』としてアニメ化、そして『火の鳥 望郷編 エデンの花』として劇場版も作られることになり、「あの望郷編がやっと映像化されるのか!」とファンは湧き立っています。
ただ、火の鳥望郷編について語ろうとすると、まず立ちふさがる壁が「どの望郷編なのか?」ということ。
実は『火の鳥 望郷編』と名を冠する手塚作品は4種類あるのです!
『火の鳥 望郷編』は4種類それぞれどんな話なのか?
そして、アニメ化・映画化するのはそのうちのどれなのか?
『火の鳥 望郷編』は何種類ある?
さて、気になる『火の鳥 望郷編』の種類ですが、全部で4種類あります。
- 最初にCOMという雑誌で連載された『COM版』
- COM休刊のため一度打ち切りとなり、その5年後に漫画少年という雑誌で改めて連載された『漫画少年版』
- 『漫画少年版』を単行本に収録する際に加筆修正された『単行本版(朝日ソノラマ版)』
- 角川文庫で出版する際に『単行本版(朝日ソノラマ版)』を100ページ近くも削除し改変した『角川版』
この4種類です。
この中で、『漫画少年版』と『単行本版』はラストシーン以外ほぼ同じ内容なので、ここでは一緒に紹介します。
というのも、『漫画少年版』は雑誌掲載時のものしか現存していないようで、現在では確認することが難しいからです。
『漫画少年版』に言及できる方は恐らく、実際にリアルタイムで雑誌・漫画少年を読んでいた古参ファンがほとんどでしょう。
COM版
4種類ある『火の鳥 望郷編』の中で、他の3種類とは全く違う話になっています。
それも、わずか52ページで打ち切りとなってしまった未完成作品で、2018年に別巻として発刊されるまで書籍化されていなかったため、それまでは確認することも現実的にできない状況でした。
内容としては『火の鳥 羽衣編』の直接的な続編となっており、漫画少年版以降で登場するコムも若干のデザイン違いで登場しているそうです。
しかし、連載中断から時間がたち過ぎたことと、倫理上問題があったことから、このCOM版はお蔵入りすることになってしまいました。
漫画少年版・単行本版(朝日ソノラマ版)
現在『火の鳥 望郷編』と言った場合、一般的にはこの単行本版を指します。
なぜなら、後に出た角川版もこの単行本版をベースにしたものだからです。
角川版と大小さまざまな違いがありますが、一番大きな違いは
- 食人描写
- ロミと火の鳥の接触
- ノルヴァの存在
この三点が描かれていたら単行本版、描かれていなかったら角川版と考えていいでしょう。
これらは角川版でごっそり削られてしまいましたが、単行本版を知る人にとっては『火の鳥 望郷編』の真髄に迫るために必要な情報ばかりであるため、単行本派の中には角川版を認めない人もいるようです。
しかし、削られてしまったこの三点は不快感を感じる人も多い要素でもあったので、倫理的都合上仕方が無かったのかもしれません。
食人描写
ただ人肉を食すだけでも問題視されますが、『火の鳥 望郷編』のそれは、過酷な環境で餓死寸前の子どもたちを生かすために父親が犠牲になるのです。
これはあまりにもショッキングですが、『火の鳥 望郷編』の舞台となる星の環境は確かにそうなっても仕方がないほど過酷な環境なので、内容を知る人は納得の出来る流れです。
また、子孫存続のために母親が生殖機能を捧げることと、父親が自分の血肉を捧げることは、恐らく対になる役割でもあったのでしょう。
ロミと火の鳥の接触
なぜか男児しか産めず、この星で唯一の女性として子をなすために『コールドスリープ→子孫と交配』を繰り返すロミの下に火の鳥が訪れ、近親交配の弊害で女児が産まれないこと、子孫存続のために異星人との混血が必要であることを説得するシーンです。
子をなすために一人の女性が近親交配を繰り返す、というだけでもかなり辛い内容なのですが、火の鳥との接触によってその辛さを改めてえぐられ、そこまでしても女児を産めないという現実を突きつけられるという、ロミにとってあまりにも残酷なシーンとなっています。
ノルヴァの存在
下半身は一人、腰から枝分かれして上半身が二人の男女という、雌雄単体種族である異星人ノルヴァ。
後の角川版では、ノルヴァの存在が丸ごと消えています。
おそらく、ノルヴァの姿かたちがシャム双生児などの奇形を連想させることから削除されることになったのでしょうが、子を成せば死ぬ運命でありながら、子を成すことを人生の目的とし、その目的を遂げるために生に執着し、最後に見事子孫を残すノルヴァの存在が与えるメッセージは、近親交配までして子孫を残そうともがいたロミを描く『火の鳥 望郷編』になくてはならないものでした。
角川版
上記した三点を含む100ページ近くを削除、改変した角川版。
大きな変更点は先に述べた三点ですが、それに伴って細かな改変も加えられています。
例えば、ロミとジョージの息子を育てる育児ロボット・シバの描写がほとんどなくなり、名前すら紹介されなかったり、
地球の美しい自然を前にしたロミとコムのセリフ回しが変わっていたり。
印象がだいぶマイルドになった反面、もの悲しい後味となっています。
『火の鳥 望郷編』アニメ版・劇場版の原作はどれ?
さて、では4種類もある『火の鳥 望郷編』の内、今回のDisney+アニメ版『エデンの宙』・劇場版『エデンの花』に選ばれたのはどのバージョンなのでしょうか?
一般的に考えると『単行本版』が選ばれるのが順当のようですが、見た人の感想によると、
- 食人描写無し
- ノルヴァ割愛
が確実のようなので、どうやら『角川版』が採用されたようです。
ただ、『エデンの宙』と『エデンの花』それぞれでも結末が違うようです。
もしかして、ラストシーンだけ角川版と単行本版で分けたのか?それとも全く別の結末を描くのか?
こればかりは、実際に見て確認するしかないでしょう!
『エデンの宙/花』は望郷編だけではない?
実はこの『エデンの宙/花』、望郷編の映像化ではありますが、実は望郷編以外のエピソードも絡んできます。
元々『火の鳥』と言う作品自体が、他のエピソードと影響し合う構成になっているので、それを意識してのことでしょう。
『エデンの宙/花』で望郷編以外に参考にされたのは『未来編』と『宇宙編』。
ファンなら納得の選出ですよね。
『未来編』はコムの祖先である異星人ムーピーという種族の女性がヒロインとなる話。
『宇宙編』はロミとコムの旅に途中から同行する地球人牧村の話。
それを絡めてくれるとなると、原作愛を感じますね!
まとめ
今も多くのファンを増やし続ける手塚治虫先生の『火の鳥』。
その中でもショッキングなエピソードが多い『望郷編』ですが、実は今までに4種類も描かれてきました。
今回のアニメ版『エデンの宙』と劇場版『エデンの花』は、その中でも最後に描かれた角川版と呼ばれる種類の望郷編を原作としているようです。
いろんな意味で映像化が難しいと思われてきた望郷編が令和の時代にどうアニメ化されるのか、楽しみですね!